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日本最小旨味凝縮牡蠣王に!!! おれはなるっ!!!!!

塩月漁業株式会社 海生

石井淳也ISHII JUNYA

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  • 海雫 〜umishizuku〜 真牡蠣

「日本一小さい牡蠣をつくりたい」

27歳のときに、漁師になるため
大分県に移住してきた元美容師の男は、
それから5年後、“大きな夢”を語る
牡蠣漁師になっていた。

黒潮と瀬戸内海流が交わり、
番匠川から豊かな栄養が流れ込む
大分県・佐伯市鶴見の海の恵みを
小さい殻の中に閉じ込めた
石井淳也の真牡蠣「海雫」。
バスケットの中で波に揺られることで、
牡蠣同士が触れ合い、殻の形状が整い
まるで草木から滴り落ちる雫のような
美しいフォルムに育つことから、
そう名付けられた。
口に入れた瞬間に広がる、
鶴見の豊かな海の味。
それでいてエグみはなく、
上品であっさりとした味わいが特徴だ。

海雫 〜umishizuku〜 真牡蠣

2022年2月には、
佐伯市内でオイスターバー
「PURE MILKISSIMO 」を開業。
自作の牡蠣だけでなく、
石井がこだわりセレクトした
国内外の、様々な地域の
質の高い牡蠣を楽しめる店だ。

コロナ禍に未経験ながら、
現役漁師が飲食店をやる。
しかも都市部ではなく、田舎の飲み屋街で。
周囲には、
この挑戦を笑うものもあったというが、
「自分がやると決めたんで」と石井。

誰かがやるようなことをしてもつまらない。
むしろ他の漁師がやらないことをしたい。
大きな牡蠣が売れるのはわかるけど、
小さい牡蠣の方が、味が凝縮されていて旨い。
だったら、オレは小さい牡蠣をつくるし、
それを広める活動をしていく――。

逆張りというほど天の邪鬼ではなく、
反逆児というほど無謀でもない。
ただ「自分の信念」を貫きたい。
それが石井淳也という生産者の性癖である。

石井淳也 junya ishii

地元は北海道。
道最南端の漁師町・松前町で生まれ育ち、
少年時代は、漁師の祖父についていき
漁の手伝いしたこともあった。

しかし、漁師の道に進むことはなく、
地元の高校を卒業した後は
札幌の美容専門学校に進学し、
美容師を目指した。

別に美容師になりたいと、
強く思っていたわけではなかったが、
他にやりたいと思うこともなかったのだ。

思えば、あのときは
「なんとなく」生きていた。

専門学校を出ると、
札幌市内の美容室に就職。
そこから良くも悪くも刺激はなく、
変わらぬ日々が続いた。

「とにかく、つまらなかった」

当時の自身の境遇を、石井はそう語る。

こんな人生を歩みたいわけじゃない。
なにかを捨てて、なにかを掴みにいかないと、
満たされない毎日を、ただ漫然と
消化するだけの一生になる。

思い悩んだ石井は、美容室を辞め
26年間過ごした北海道を飛び出し、
東京で就職を決めたばかりの
ガールフレンドの後を追い上京した。
とにかく現状を変えたかった。

石井淳也 junya ishii

そこから1年間、
練馬のアパートで彼女と暮らし、
石井は倉庫作業員として働きつつ、
結婚のための資金を貯めた。

二人で始める新しい生活は、
東京でも北海道でもない、
誰も知らない、
なにもわからない土地がいい。
そして自分が一番前向きになれる
情熱を注げる職業に就きたい。

「大分で漁師をする」という
石井の思い切った決断は、
それまでの自分
――なんとなく生きてきた自分と、
完全に決別するためでもあった。

現在拠点を構える佐伯市鶴見には
地域おこし協力隊としてやってきた。
任期は3年。
その間、漁業者としてひとり立ちできるよう、
様々な漁業現場を視察した。
その中で出会ったひとりが、
大入島の牡蠣生産者・宮本新一であった。

石井淳也 junya ishii

獲る漁業よりも、
育てる漁業に関心があった石井は、
宮本の漁業者としての立ち振舞い、
地域の雇用や自然環境に対する考えに共感、
さらにオープンマインドな性格にも惹かれ、
宮本と同じ牡蠣生産者になることを決める。
移住からわずか半年後のことだ。

妻となった彼女は、
その決断を、心から応援してくれた。

石井淳也 junya ishii

漁業未経験の移住者が
知らない土地で、ひとりで牡蠣養殖をする。
よそ者の石井にとっては
困難なこと、納得のいかないことも多かったが、
救いの手を差し伸べてくれる恩人もいた。
どの地域もそうだが、
いいやつばかりじゃないけど
悪いやつばかりでもないのだ。

そして師匠である宮本と連携しながら、
日本では前例のない
最新式のシングルシード養殖で
ひたすら牡蠣研究に励んだ。

もうこの道で輝くしかない。
その強い信念が石井を突き動かした。

自分の生き方を模索し、
なんとなく生きる自分と決別するため、
衝動的に、流浪の民となった若者は、
今や明確な目標を持つ牡蠣生産者となった。

とにかく、つくりたいのだ。

自分だけしか育てられない
美しく愛らしい宝物を。

そして届けたいのだ。

まるで雫のように小さく、
海の旨味が凝縮された
ワン・アンド・オンリーな牡蠣を。

石井淳也 junya ishii

PROFILE

石井淳也

いしい・じゅんや

1989年9月12日、北海道松前町生まれ。
北海道最南端の漁師町で、
漁師や漁業に親しみながら少年時代を過ごす。
地元の高校を卒業した後、
札幌の美容専門学校へと進学。
卒業後は札幌で美容師として働く。
26歳の時に、一念発起して上京。
1年間、東京で倉庫作業員を勤め、
その後、移住相談窓口での紹介をきっかけに、
地域おこし協力隊として大分県佐伯市に移住。
任期中に出会った牡蠣生産者に師事し、
そのまま牡蠣生産者となる。
現在の夢は「日本一小さい牡蠣をつくること」