OYSTER ISLAND Q-SHU OYSTER ISLAND Q-SHU OYSTER ISLAND Q-SHU
OYSTER ISLAND Q-SHU
PAGE TOP

県庁職員から牡蠣界のジャンヌ・ダルクに

株式会社ひとしお

古川三記子FURUKAWA MIKIKO

LIST OF
OYSTERS

だったら、自分がやろう。

宮崎県の県庁職員として
漁業者の支援をして12年。
そんな安定したキャリアを捨て、
古川は自身が
生産者になることを決めた。

「安定志向の自分が
こんな決断をするなんて、
思ってもいなかった」
――古川はそう言う。

たしかに、思い切った決断ではあった。

彼女が“ホームタウン”に選んだ日南は
牡蠣養殖が盛んな地域ではない。

大学、大学院と水産を学び、
宮崎県庁に入庁後も
水産の業務に携わってはいたが、
漁師仕事の経験は一切なかった。

そしてなにより「女性」だ。
腕力やタフさが要求される漁業で
女性の就業割合は約14%しかない。

しかし、古川は牡蠣生産者の道を選んだ。
むしろ、やらない理由が見つからなかった。

日南で牡蠣養殖の現場に
足を運んだとき、
限りない漁業の未来を感じた。

海と太陽があれば、
肥料も薬品も使わない。
餌となるプランクトンは
海がつくってくれる。
海や魚に負担の大きい
その他の養殖とは違い、
持続可能な漁業だと確信した。

地球規模の環境変化や
乱獲による漁獲量減。

つらい、稼げない、将来性もない。

そんな漁業の現状を
牡蠣養殖だったら
変えられるかもしれない。

とはいえ、古川が担当した
宮崎県南エリアの地域では
70歳以上の漁業者ばかり。
そんな人たちに、
新しいチャレンジを迫るのも
少し乱暴な話……。

――だったら、自分がやろう。

女の自分でも
できることを証明すれば
地域内外の若い人も、
牡蠣産業に参入してくれるはず。

とってもシンプルで
ピュアな動機だった。

古川がシングルシート方式で
一粒一粒、
丁寧に育てた牡蠣は
日南外浦湾の海の味を
そのままに伝えてくれる。

エグみがなく、
スッキリとした味わい。
透明感があり、
そしてどこか、優しい。

潮が流れてくるたびに
揺れるバスケットの中で
転がる牡蠣の殻は
美しい丸みを帯び、
身の旨味も凝縮されていく。
栄養が豊富な河川水と
透明度が高い黒潮
それぞれが混ざり合う
豊かな海域で織りなされる
そのひとしお、ひとしおが、
牡蠣を豊かに育ててくれることから
「ひとしおオイスター」と名付けた。

「こんなに美味しいご飯、
毎日食べてるの?」

中学時代、
古川の家の米を口にした友人が
放った言葉にハッとさせられた。

古川家の米は、
敬愛する祖母が育てたもの。
幼少期から
当たり前のように食べてきた米が、
このときはじめて、
“特別なもの”だと知った。

おいしいは、うれしい。

自分もいつか、
人を感動させられるような
仕事を生業としたい。

これが彼女の生産者としての原点だ。

チャレンジは
はじまったばかり。
古川の使命感と行動力、
そして日南の
透き通った青い海の
ひとしお、ひとしおが
牡蠣養殖の未来を切り拓いていく。

PROFILE

古川三記子

ふるかわ・みきこ

1982年5月25日、愛知県名古屋市出身。
幼少期は名古屋港水族館に
しょっちゅう遊びに行き、大のイルカ好きに。
当寺の夢はイルカの獣医になること。
地元の進学校を卒業後、
宮崎大学農学部生物環境科学科に進学。
同大大学院では、魚の病気について研究を行う。
漁師の世界に憧れるも、生来の安定志向から、
公務員として漁師をサポートする仕事に就こうと、
宮崎県庁に入庁。以降、12年間様々な形で
宮崎県の漁業者とともに産業発展のため奔走、
2020年に退庁し、牡蠣生産者に転身。
株式会社ひとしおを設立。