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オレとお前とオイスター 天草のオレ流生産者

原田奨HARADA SUSUMU

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全国から足繁く来客のある
島原のガストロノミー『pesceco』は
原田の牡蠣しか扱っていない。

オーナーシェフの井上稔浩が
原田の牡蠣と人間性に
惚れ込んでいるためだ。

「牡蠣という食材は、
その“人”そのものが出る。
だからこそ、
テーブルの上に複数の牡蠣を並べても、
僕はどれが原田奨の牡蠣かを
絶対に見極める自信があります」

井上シェフはそう断言する。

「奨くんの牡蠣は
テロワールを表現しています。
土地、人、環境――
すべてを調和させ
美味しいとは
何なのかを問うている。

常に本質を考える
奨くんの育てた牡蠣を、
いいときも、そうでない時も、
僕はつかっていきたい」

定置網漁を主とする漁師一家に育ち、
少年時代は祖父と父に連れられ、
船に乗り、手伝いをさせられた。
嫌で嫌で仕方がなかった。

多感な時期は、
少しばかり、やんちゃもした。

やりたい仕事はなかったが、
やりたくない仕事ははっきりしていた。

漁師には、
漁師だけには、なりたくなかった。

 
高校卒業後、
地元の水産加工会社へ入社。
漁師をしないで済む人生を
歩み始めた自分に安堵した。

2年働き、魚類養殖の会社に転職。

この頃から、
不思議と仕事終わりに
ひとり海へ出るようになった。

夕まぐれの海に潜り、
アワビやタコを夢中で漁った。

暗く静かな海の底で、
血が、騒いだ。

たったひとりで漁をしているとき、
今までに感じたことのない
高揚感が身を包んだ。
大漁の日の夜は、
興奮のあまり
眠ることができなかった。

獲る悦びを知った原田は
ほどなくして勤め先を辞め、
あれだけ嫌がっていた
漁師の仕事を
継ぐことにした。

漁師になって数年が経過。

明らかに海の様子がおかしかった。
1日100キロ獲れることもあったイカが
1杯、2杯しか獲れない日もあった。

まるで海が、
悲鳴を上げているかのようだった。

それでも獲るのが漁師の仕事。
しかし獲れば獲るほど、
自分の首を締めている感覚に
陥るようになっていた。

これでは、続かない。

彼は海の生態系を守るため、
漁獲量を調整するようになり、
同時に獲る漁業以外の
選択肢を模索し始める。

20代最後の年。
ついに原田は牡蠣養殖に出会う。

この地域では
誰もやっていない牡蠣養殖。
最初から
難しいことはわかっていた。
ただ、波は
思っていた以上に高かった。

国内外の著名生産者の
手法を取り入れても、
歩留まりは悪く、
生存率は1割以下。
なぜ、オレの牡蠣は育たないのか。
なぜ、同じやり方でうまくいかないのか。

悩んだ末、
原田は「模倣」を止めた。

天草の海と向き合い、
この海にあったやり方で、
オレだけの牡蠣をつくると
覚悟を決めた。

試行錯誤を繰り返し、
誰のものでもない、
我流の牡蠣養殖にたどり着いた。

そして、一流シェフも舌を巻く、
原田だけの牡蠣が生まれた。

「パパみたいな漁師になりたい」

保育園の卒園式で、
全園児の前で
そう宣言した長男の言葉に
原田は心を揺さぶられた。

今、この地域で
漁業をやろうという若者はいない。
それなのに6歳の息子は、
漁師になりたいと言ったのだ。
それも、パパみたいな漁師に。

つないでいかなければいけない――。
息子の晴れやかな顔を見ながら、
原田は祖父や父から受け継いだバトンを
力強く握った。

牡蠣養殖をはじめて、
海が「循環」するようになった。
そう原田は感じている。

牡蠣養殖の漁場では
貝類や甲殻類が
目に見えて増え始めたし、
浅瀬にはたくさんのアマモが群生、
魚が寄り付くようになった。
海の環境が健全になるにつれ、
牡蠣もしっかり
育つようになっている。

互いが作用しあい、
命を育んでいる。
悲鳴を上げていた海が
変わり始めている。

牡蠣養殖は、つなぐ漁業だ。
海の命をつなぎ、
地域の雇用もつないでくれる。
そのバトンを、
今、落とすわけにはいかない。

原田の牡蠣には、
そんな思いが詰まっている。

PROFILE

原田奨

はらだ・すすむ

1984年5月19日、熊本県天草市有明町出身。
定置網漁やイカ、タコ漁を営む漁師家系に育つ。
地元の高校を卒業後、水産加工会社に入社。
その後、魚類養殖会社に転職するも、21歳で家業の漁師になることを決意。20代後半、獲り続ける漁業に疑問を覚え、生態系の維持のため意識して漁獲量を調整するように。
その頃、自治体の勉強会でシングルシート養殖に出会い、牡蠣生産者としてのキャリアをスタート。
試行錯誤の末、天然採苗に変え、独自の方法で牡蠣を養殖するようになる。家族は一緒に働く妻、長男、次男、長女、次女の6人家族。