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「あの夜」を忘れない 糸島育ちの元商社マン

株式会社アクアグローバルフーズ

上野慎一郎UENO SHINICHIRO

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OYSTERS
  • みるく牡蠣 - 真牡蠣
  • 糸島サウンド - 岩牡蠣

福岡県糸島市。
シーズン中はこの地域にある
牡蠣小屋に県内外から
多くの牡蠣ファンが訪れる。

上野慎一郎は、
そんな牡蠣の“聖地”で
父や仲間ともに牡蠣を育てている。

日本でも指折りの清浄海域に
脊振山系の山々から流れ込む栄養分。
糸島の恵みを全身に浴びた牡蠣は、
抜群の身入りと旨味成分を湛える。
 
国内のオイスターバーはもとより、
香港、ベトナム、ロシアなどでも、
上野の牡蠣は愛されている。

漁師町で育ち、
漁師の子として育った上野は、
少年時代、海の男に憧れた。
それを知ってか知らずか、
母は漁師になることを強く反対した。

収入は安定せず、
船が故障すれば
借金を余儀なくされた。
自宅の居間では
母が夜ごと弾く算盤の珠が
寂しく響いた。

母の強い口調は、
子どもながらに
愛情だと分かっていた。
だから上野は決して、
漁師になりたいとは言わなかった。

父は無口な人だった。

そんな父が、
家族で食卓を囲んでいたとき、
突然、口を開いた。
「牡蠣を…やってみようかと思う」

一瞬の静寂の後、
家族全員が、
静かに同意した。

糸島で牡蠣養殖をやる漁師は
まだ数少ない時代。
父の決断が
どれほど重いものだったのか、
当時、高校生の上野は
知るよしもなかった。
ただ、牡蠣が
我が家に笑顔を運んでくれるなら、
それでいいなと、
おぼろげながら思った。

大学卒業後、上野は商社に勤務した。
多くの時間を東京で過ごし、
漁師町では遭遇することのない、
きらびやかな経験を、いくつもした。

その頃、実家に連絡をすると、
電話口の姉の声は、
いつも浮かなかった。
数年前に始めた
牡蠣小屋の経営も
芳しいとは言えなかった。

それでも父は、多くを語らず、
筏の上で牡蠣を育て続けていた。

すべては、あの夜から始まった。
上野にはそう言える「夜」がある。

上京してきた郷里の友人と、
興味半分で赤坂見附の
オイスターバーに入った、あの夜だ。

メニューを見て上野は目を疑った。
実家の牡蠣小屋で
1キロ600円で売っている牡蠣が
たった1粒500円で売られていた。
           
きれいなプレートの上で
後生大事にテーブルに運ばれてきた
牡蠣は、どれもキラキラ輝いてみえた。

自分がまったく知らない世界が
そこにはあった。

衝撃を受けると同時に、
父が大切に育てている牡蠣を
こんな店に置きたいと強く思った。

商社で働きながら、
市場調査を重ね、
仕事がない日は
国内外の生産地を巡り、
多面的に牡蠣のことを学んだ。

知れば知るほど、
やれる気がしてならなかった。

そこから上野は
実家に帰るたびに、
各所で学んだナレッジと
売れるための戦略を家族に伝えた。

家族は長男の話に興味を示すも、
「そんなにうまくはいかない」と、
及び腰になるばかりだった。

素晴らしい海を持ち、
恵まれた環境で
牡蠣を育てているという
圧倒的な優位性に
家族は気づけていなかった。
磨けば、どこまでも光る牡蠣なのに。
上野はひとり、唇を噛んだ。

やれるのに。
やりたい。
やってやる。
       
しばらくして、
上野は会社を辞め、
糸島に戻ってきた。

子どもの頃に言えなかった、
「漁師になりたい」
という言葉を携えて。

父の牡蠣を磨く――。
上野は、その一心で、
生産地巡りを続け、
貪欲に生産技術のことを学び、
それを糸島に持ち帰っては、
父の漁場で実践していった。

父とは何度も口論をした。

家の都合で
中学卒業と同時に漁師になり、
身一つで稼いできた父のプライド。

父の牡蠣がもっと高く
評価されるためにと
新しい養殖方法を学び、
伝えようとする息子の想い。

ふたつの気持ちがぶつかり、
ときに尊重しあい、
そして糸島の自然と調和しながら
牡蠣は、磨き上げられていった。

 

この10年で事業規模も大きくなり、
今、漁場には父と上野の他に、
現場を任せられる仲間も数名いる。
ブランド化にも成功した。
名だたるオイスターバーには
上野の牡蠣が扱われている。

「あの夜」に誓った夢は叶った。
しかし、上野はさらなる先の
未来を見据えて、歩みを止めない。

糸島の自然に
五感を研ぎ澄ませ
向き合いながら、
学ぶ姿勢を失わず養殖技術を
アップデートしていければ、
自分たちの牡蠣は
まだまだ、磨くことができる。

上野はそう信じている。

PROFILE

上野慎一郎

うえの・しんいちろう

1983年8月6日、福岡県糸島市出身。
漁師の家に生まれ、自然豊かな糸島で育つ。
22歳まで糸島で過ごし、大学卒業後、
北九州の家具や雑貨を扱う商社に入社。
半年後に東京勤務となる。
東京時代に出会ったオイスターバーに
衝撃を受けるとともに、
実家の牡蠣事業にもビジネスチャンスが
あると気づき、個人的な「牡蠣研究」を開始。
27歳で実家に戻り、最終的な消費スタイルまで
想定した牡蠣づくりを始める。
糸島の牡蠣小屋「みるくがき豊久丸」も経営。
その他、国内外のオイスターバーにも
質の高い牡蠣を提供している。